2017
12.28

【F1】ランス・ストロール 「批判家に結果で応えることができたと思う」

F1

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F1-Gate.com

ランス・ストロール 「批判家に結果で応えることができたと思う」

[F1-Gate.com] – 12/27 07:00

ランス・ストロールは、F1ルーキーシーズンで表彰台を含めて40ポイントを獲得。自分のデビューに批判的だった人々に結果で応えることができたと考えている。
ランス・ストロールは、ヨーロッパF3選手権でチャンピオンを獲得して、今年ウィリアムズでF1デビュー。… 続きを読む


「私は幸せでした」

[STINGER VILLAGE:モーターレーシング・ブログ村] – 04/13 19:47

4月12日、トヨタのワークスドライバーとしてたくさんの夢をいただいた見崎清志さんの奥様の旅立ちの会に呼んでいただいた。『吉祥寺キリスト教集会』での見崎さんの最後の挨拶が素晴らしかった。奥様は、長い闘病生活の中で、次々と追い打ちをかけられるように様々な病に苛まれ、69歳という若さでこの世に別れを告げた。けれど奥様は、「私は幸せでした」、と見崎さんやご家族、親しい人々に最後に仰ったという。敬虔なキリスト教徒だった奥様は、教えどおり感謝の気持ちをもって天国に召された。見崎さんが最愛の奥様に届けた祈り。「ボクはまじめな信者ではありませんが、先立った妻にまた会いたいと思いました。それにはノーチョイス、この教会にお祈りに来させていただくことを決心をしました」そして、「聖書の言葉ではありませんが、素晴しい言葉を知ったので、みなさんにお届けしたいと思います」。そう結んで、ニューヨーク リハビリテーション研究所の壁に書かれた患者の詩を朗読した。—-大事をなそうとして力をあたえてほしいと神にもとめたのに、慎み深く従順であるようにと弱さを授かった。より偉大なことができるようにと健康を求めたのに、より良きことができるようにと病弱を与えられた。幸せになろうとして富を求めたのに、賢明であるようにと貧困を授かった。世の中の人々の称賛を得ようと権力を求めたのに、神の前にひざまずくようにと弱さを授かった。求めたものはひとつとして与えられなかったが、願いはすべてききとどけられた。私はあらゆる人の中で、もっとも豊かに祝福されたのだ。—-奥様、天国で幸せにお過ごしください。そして、見崎さんとの再会の日を楽しみにお待ちください。見崎さん、すぐに会いたと仰いますが、いつか会えるなら慌てず、もうすこし、この世でおつきあいいただけますよう、お願いいたします。素敵な詩を、ありがとうございました。


恩師、フランコ・リニの思い出・その1 ミレミリアのイマジネーション

[STINGER VILLAGE:モーターレーシング・ブログ村] – 04/12 11:00

間瀬明さん(中央)の写真集『わたしは勝った夢を見た』(※)の完成時。左に座っているのがフランコ・リニさん。フェイスブックのSTINGER CLUBにアップされたタルガフローリオの動画を観て思い出した。今のWEC(世界耐久選手権)の前身であるスポーツカー耐久シリーズとして、シチリア島で行なわれた。ル・マン24時間などとともに、1960年代から1970年代にかけて、もっとも憧れた公道レース。同列の憧れとして、イタリア全土を縦断するミレミリア(1000マイル)を思い出し、連鎖的に故フランコ・リニさんを思い出した。イマジネーションの話を教示してくれたイタリアの重鎮ジャーナリストだ。「ミレミリアは1948年から観ているけれど、情報がラジオしかなかったんだ。ラジオの前で、一生懸命、聴いていると、頭がイマジネーションでパンクしそうになる。そうなったところに、赤いフェラーリが、バキュ~ンと家の前をすっ飛んでいくんだ。興奮するなというのは無理な話さ」。この話をしてくれたのは、イタリアGPのフリー走行の時。メディアセンターでタイミングモニターを見上げていた私を見たフランコが近づいてきて、私の肩をもみながら、”マサミ、情報がたくさんあって、すばらしいね”と言う。ちょっといやな感じがしたが、そこで、ミレミリアのイマジネーションの話をしてくれた。データじゃなくて、イマジネーションを大切にしなさい、というのがフランコの教えでした。データを観るなら家でテレビを観ていても同じだ、と。翌日、ダフ屋を見つけてチケットを買って、スタンドからレースを観た。せっかく現地にいるのに、”ホンモノ”を見落としっ放しだったところを、救ってくれた、フランコ・リニさん。そういう意味で恩人だ。(その2につづく)※『わたしは勝った夢を見た』間瀬明さんにお願いして、F1ドライバーの”目”を集めた写真集。アマゾンで買えると思います。



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